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私はヨーロッパ、アメリカとティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団の音楽を聴き、それをブログの記事にしましたが、ブログをやってみて初めてわかったことがいくつかありました。

何て書こうか?
まず、演奏会を聴くときに常に「ブログに何と書こうか?」ということがつきまとってくるということ。ブログをやっていなかったときの方が邪念なく音楽を聴けたかもという気はします。演奏会評のプロの方たちは、お金をもらってそれをやっているのだから、多分純粋に音楽を楽しんで聴くことなどないのでしょう。もっとも彼らはそういうことを超越した状態なのでしょうが。

伝える側の姿勢
よく事実の報道であっても、全くの事実だけがあるのではなく、伝える側の姿勢が反映していると言われますが、このことの意味を自分でやってみて初めて理解できました。例えば、私が書いた彼らのヨーロッパメディアの評。一つの新聞評でかなりのボリュームがあり、そこから何を取り出すかという点で私というフィルターに通されています。構成にしてもネガティブ評のボリュームを多くすれば、読み手はネガティブな印象を強く持つでしょう(実際の記事でネガティブ部分の量は少なかったです。念のため)。

このことを意識しながら新聞や雑誌を読むのと読まないのとでは、大きな差があると実感しました。

ブロガーだから
今回サンフランシスコ交響楽団の皆様にお世話になりましたが、これらはブログを書いていなければ得られなかった機会だと思います。と同時に私が書いた記事が彼らを正確に伝えているのか、不特定多数の方に情報発信することの責任も感じています。

これらの責任を肝に銘じながら、ブログを続けていきたいと思っています。
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ロサンゼルス&サンフランシスコへの音楽の旅は、自信をもっておすすめできる音楽の旅プランです。

デイビスシンフォニーホールの前にて


まず、LAフィルもサンフランシスコ交響楽団も非常にハイレベルです。しかもこの二つはサウンドが全く違っていて、それぞれの良さを楽しむことができます。プログラミングも両方ともふるっています。

といっても、私はサロネン&MTTに行った(プログラムも吟味した)ので、客演指揮者だとまたちょっと違うのかもしれませんが。

そしてここがポイントなのですが、サンフランシスコにはサンフランシスコらしさにあふれた味も雰囲気もよいレストランがたくさんあります。食の楽しみはイタリアやフランスに劣らないと思います。

ネックになるとしたら、LAフィルは金~日、サンフランシスコ交響楽団は水~日と週末にかけて公演しているので、ヨーロッパのように滞在期間中毎日違う演奏会で埋まらないことでしょうか。これは前述のように食事に集中するとか、サンフランシスコオペラに行くなどでカバーできます。

サンフランシスコオペラはハイレベルな感じはしませんが、劇場とお客さんに独特の素敵な雰囲気があり、ローカルで皆が応援しているアットホームさを体験できます。

日本から9時間程度で行けてヨーロッパよりも近いし、青い空と海にぴったりのアメリカンな音楽は、ヨーロッパとはまた違った音楽の楽しみを味わせてくれます。ばりばりのクラヲタの方も、のんびり楽しみたいという方にもきっとご満足いただけると思います。
ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団の5月のウィーン・プラハ公演について、ヨーロッパのメディアはどう評価したのか見てみましょう。

まず、彼らを若い世代をコンサートホールに呼び込むことや、現代ものやコラボレーションなどを観客に提供することに成功しているオーケストラだと紹介している記事が目に付きます(Kronenzeitung, Die Presse, Frantfurter Allgemeineなど)。

音楽面では、やはりリズムの正確さやエッジが効いていること、響きの透明性に触れているものが多いです(Wiener Zeitung, Die Presse, Kurier, Der Standardなど)。スコアリーディング・解釈の完璧さ、ロジカル・知的であることなども言及されています(Wiener Zeitung, Der Standard, Kurier, Die Presseなど)。「完璧」という言葉が使われていますが、私も「完璧」ということは普通ありえないと思っているので普段は使わないのですが、ことティルソン・トーマスに関しては使ってもいいかなと思っています。

そして何と言っても、彼らのアンサンブルが驚異的であること、ティルソン・トーマスは少ないジェスチュアしかしないのに一つになった音楽が出てくることが、「リハーサル」と「訓練」をいかに重ねてきたかを物語っていると書いている記事がいくつもありました(Kronenzeitung, Die Presse, Der Standard, Wiener Zeitung, Frantfurter Allgemeine, Lidove Novinyなど)。

ネガティブな評としては、あまりに節制された厳しさをあげているものが多かったです(Kurier, Der Standardなど)。情感はあるのですが、構造的なアプローチが前面に出るので、そちらの印象が強くなるからでしょう。隙があることのほっとする感じがないのかもしれません。

ウィーン公演の評では、ティルソン・トーマスがアンコールで「あなたたちのためにワルツを演奏します」と言ったことを「大胆不敵」と思ったが、そのワルツが完璧だったと評しているものがありました(Wiener Zeitung)。このワルツ、私は作曲者名と曲名を聞き取れなかったのですが、サウンド・オブ・ミュージックなどで知られるロジャースの作曲した「Carousel」(メリーゴーランドという意味)だそうです。私はこの曲を「ディズニーランドでメリーゴーランドに乗っているような曲」とこのブログに書きましたが、ビンゴ!何も知らない私にそう思わせた彼らはすごい。

プラハ公演では、「冬の日の幻想」について、およそこれ以上の演奏は考えられない(Lidove Noviny)とありましたが、私もそう思います。ウィーンに比べると、プラハは「こんな演奏、プラハではめったに聴けない」と絶賛調でした。

多くのメディアがいろいろ書いていましたが、私はDie Presseが書いていることが、一番彼らの演奏を捉えているように思いました。

「オーケストラのサウンドは、何か普通でないと感じさせるほど完璧。この演奏に(厳格な透明さとは対照の)濃さがないと言うことは、もはやむなしい。」


*公演日程やプログラムなどの詳細については、「ヨーロッパツアー鑑賞記」のカテゴリーの記事をご覧ください。
ロサンゼルス、サンフランシスコとオーケストラを聴きに出かけましたが、その中で非常に印象が強かったのは、街の人々とコンサートホールに来ている人たちの雰囲気です。

サンフランシスコでは、チャイナタウンの人々に圧倒されてしまいました。

チャイナタウン


香港よりも台北よりもチャイナタウンという感じで、とにかく人が多い。食料品店が軒を連ねる通り(写真)などは、生活感あふれるなどという表現では言い尽くせません。ここで「マイケル・ティルソン・トーマスを知っているか?」と尋ねたら、全員から「知らない」という答えが返ってきそう。これはKEEPING SCOREの二つや三つでは足りないかもと思いました。

ロサンゼルスは、街もきれいなところと汚いところの差がサンフランシスコ以上に激しい。たまたま中南米の方が多く住む地区に行ったのですが、ウォルトディズニーコンサートホールに来ている人たちの風情とのあまりのギャップに衝撃でした。

日本はどこに行っても、別にコンサートホールにいる人と違いがあったりしません。それだけでもとても大きなことなのだと思いました。

CDショップなどを見た印象では、日本でクラシック音楽が、様々な音楽的嗜好が15ある内の1つだとしたら、アメリカは多民族である分選択肢40分の1くらいなのかなという気がしました。だから多分、アメリカの方がクラシック音楽が置かれている状況は厳しいのではないでしょうか。

サンフランシスコで感じたことは、ここではオーケストラといえばサンフランシスコ交響楽団しかない(主に)ということです。よそからやって来ますが、頻繁には来ない。一つのオーケストラしか知らないに近いけれども深くつき合って、ともに人生を送ることと、東京のようにいろいろなオーケストラがよりどりみどりだけれど、誰とも深くつき合わないのと、どちらがいいのか考えると難しいと思いました。
今回サンフランシスコで、私を温かく迎えてくださったサンフランシスコ交響楽団の皆様にあらためてお礼を申し上げます。

特にこのブログを読み、超多忙な中お時間をさいてくださったゼネラルマネジャーのキーザー氏とPRのディレクターのテイル氏。一ファンにお気遣いくださったMTT。リセールストアの皆様。私が日本から来たと知って、バックステージツアーをしてくださったデイビスホールの守衛さん。

お世話になった皆様、本当にありがとうございました。
今回サンフランシスコ交響楽団のボランティア活動を取材した私にとって印象的だったのは、男性ボランティアの方たちです。

まずリセールストアでお話を伺った方。20年以上もこのお店でボランティアをしているという、70歳をゆうに超えていると思われる、教師をしていたという方でした。音楽が好きで、多くのボランティアの中からシンフォニーを選んだそうです。今は毎週2日、朝のシフトで来ていて、家に面倒を見なければならないご家族がいらしたり、ご自身も足が少し不自由なのですが、それでも来ているとのこと。サンフランシスコ交響楽団については、音楽もティルソン・トーマスの音楽的解釈も支持しているとおっしゃっていました。

サンフランシスコ交響楽団のボランティアとして働くことに満足していますか?という質問に対して、「もちろん、生活の一部だから」というお答えが返ってきました。

次は、デイビスシンフォニーホールの案内係の方たち。ホールに入ると、タキシードに蝶ネクタイをビシッと着こなした初老のジェントルマンが何人もいて、席の案内などをしてくれるのですが、この方たちがボランティアなのです。

私はチケットのことでお世話になった案内係の方がいたのですが、別の日にその方はお客として来ていました。ボランティアは、人的資源としても顧客としても大きな存在なのです。

日本でボランティアというと、女性と若者中心というイメージがあって、年配男性のボランティアはコンサルタント的職種が多いように私は思っていたので、シンフォニーのボランティアの方たちは新鮮でした。音楽好きのジェントルマンをボランティアとして組織化してしまうサンフランシスコ交響楽団と、その方たちの素敵な姿にパワーを感じました。

サンフランシスコ交響楽団を支えているボランティア活動とはどういうものかを知るために、「Repeat Performance」というシンフォニーのリセールストアにおじゃましました。リセールストアとは、日本でいうところのリサイクルショップです。

リセールストア


場所はフィルモアストリートという高級住宅街にあり、周りはおしゃれなブティック、雑貨店、カフェなどが並んでいます。お話を伺ったのは、ストアマネジャーのデルッチ氏とボランティアの方。

お店はよくあるリサイクルショップという感じで、特におしゃれでもハイセンスでもないです。普通の店とちょっと違うのは、あちこちに「MUSIC DIRECTOR MICHAEL TILSON THOMAS」表示つきのサンフランシスコシンフォニーのフラッグなどが飾ってあることでしょうか。品揃えは、本、衣類、食器やインテリアグッズなど。

何に一番驚いたかというと、お客さんがひっきりなしにやって来ていて、実際に買っている人がいたこと。このお店は売上げがすべてシンフォニーの活動に充当されるしくみなのですが、私はお金持ちのマダムが優雅にお店番をしていて、まあ売れれば足しになるくらいの位置づけなのかと予想していたのですが、大外れ。男性ボランティアがばりばり商売していました。

店舗はシンフォニーで借りていて、シンフォニーに雇用されているストアマネジャーとボランティアスタッフが組みになって運営しているとのこと。ボランティアは50歳以上の方がほとんど、男女それぞれで、3人単位で勤務時間をシェアするシフトを組んでいるそうです。

お客さんは近所の人とシンフォニーを応援している人の両方おり、購買の動機もシンフォニーを応援するためという人もいるし、単純に安いから買うという人もいるそう。商品はお客さんが持ってきてくれることもあるし、シンフォニーの支援組織である地区毎のシンフォニーリーグで集めたりもしているとのこと。

お店の年間売上げは、日本円でおよそ24百万円くらいだそうです。リサイクルショップでこの数字はすごいと思いました。毎年シンフォニーの支援者のスーパーお金持ちが拠出する、シャネルクラスのブランドの洋服を集めたフェアをやったりしているそう(非常に頭がいい)なので、その貢献が大きいのかなと思います。

シンフォニーが店舗とマネジャーを用意して、それにボランティアを組み合わせているという組織がしっかりしていたことと、資金調達手段の一つとして本気で商売していたということに、もう驚きでした。
サンフランシスコ交響楽団の方にお話を伺った際、私もなぜサンフランシスコ交響楽団についてのブログを書いているのかという話をしました。

今まで国内や海外で多くのオーケストラを聴いてきたこと。日本には毎年非常に多くのオーケストラがやって来るが、人々はチケットの価格が高いにもかかわらず、有名ブランド志向であること。日本、とりわけ東京は巨大な消費地になっていること。

他方で、日本には東京だけでも7つのオーケストラがあるが、大量の来日公演という環境下、聴衆の獲得や独自の音楽スタイルという点で苦戦していること。どのオーケストラのコンサートも大きな違いはなく、有名曲中心や時間短めのコンサート、有名人のトークつきなどの企画が多くて、これらがクラシック音楽好きを増やすことにつながるとは私には思えなかったこと。もっと他にやりようがあるのではないかとずっと思っていたところ、サンフランシスコ交響楽団の活動を知り、これだ!と思ったこと。

サンフランシスコ交響楽団を評価している点は3つあって、1つは音楽が素晴らしいだけではなく、音楽を聴くことが楽しいと思えること。2つ目は(教育プログラムなど)社会に貢献している点。3つ目はコミュニティの多くの人々がシンフォニーを支えている点であること。

サンフランシスコ交響楽団の音楽や活動を知ることで、日本の人々がオーケストラのあり方について、もっと柔軟な発想をもてるようになるのではないかと考え、ブログを書いていること。日本のマスメディアがサンフランシスコ交響楽団を取り上げることは少ないので、私人がブログを書くことに意義があると考えていること。

彼らも私がサンフランシスコ交響楽団のどこを見ているのかということに興味を示していました。
私は5月にティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団のヨーロッパ公演を聴いたとき、こういう素晴らしくて楽しい演奏会をもっと多くの人に知ってほしいと思いました。だから海外公演の目的はそういうことかと尋ねたところ、(そんな甘いものではなく)オーケストラの海外での評価を高めるためだという答えが返ってきました。

演奏会についての批評や感想から、自分たちの取り組みと外部の評価を検証して次に役立てるのだそうです。集めた批評の束を私もいただいて帰ってきたので、その内容については別途書きます。

彼らもウィーンで公演をすることは難しい、特にマーラーを取り上げることはチャレンジングだという認識をもっていました。

オーケストラのレベルを上げるということは、多分彼らのように厳しい批評と聴衆の耳にさらされる場での海外公演を重ねていくこと、マーラーのレコーディングのように何年もかけて一つの作曲家を継続的かつ徹底的に取り上げること、フェスティバルのように短期集中で一つのテーマを掘り下げることなどによって実現されるのだと思います。通常のシーズンの演目などは、こなすことで手一杯で、それだけではレベルが上がったりはしないのでしょう。

ウィーン芸術週間のパンフレットを見ていたときに、「今年の海外からの参加は、アメリカからニューヨーク・フィルハーモニックとサンフランシスコ交響楽団の2団体です」と書いてあるのを見て、日本のオーケストラ名がないことを何だか寂しく感じました。

たとえ酷評されても、多くのオーケストラが横一線で並び、かつチケットの価格という評価がシビアに出る場(ウィーン芸術週間、ベルリン音楽祭、ルツェルン音楽祭、ザルツブルグ音楽祭の最後の1週間など)に出て行ってこそ、進歩があるのでしょう。

日本からヨーロッパに出て行くのも、カリフォルニアからヨーロッパに出て行くのも距離的にはそう変わらないはず。がんばれ日本のオーケストラ!
圧倒的ハイクオリティのマーラーのレコーディングプロジェクト、KEEPING SCORE、音楽を主要教科の授業で用いる教育プログラムなど、他のオーケストラがどこも手がけていないような革新的な試みはどうやって生み出されるのか?という質問をしました。

まず、彼らが聴衆を育てるという姿勢にあるということを語っていました。

個別的には、まず彼らが挙げたのは、ティルソン・トーマスが持っている蓄積でした。彼が様々なことに詳しいこと、人々に対して話ができることが大きいとのことです。次に挙がったのは資金調達についてでした。プロジェクトに賛同してくれる大口ファンド(10百万ドル単位で拠出している)の存在が大きく、それらの存在なくしてはマーラーもKEEPING SCOREも実現には至らなかったそうです。

マーラーのCDに関しては、プロデューサーをはじめ、ソニーなどの最新技術を提供してくれる協力者を得られたことが大きかったと語っていました。

ティルソン・トーマスについては、もちろん才人だということが大きいでしょうが、私は彼がほとんど構想30年状態だったということが大きいのかなと思います。彼はキャリアの途中で小出しにして消費してしまっていなかった(ロンドン響時代にKEEPING SCOREのお試しみたいなことは少しやっている)ため、今いろいろなことを一気に出せるのではないかと思うのです。そう考えると、若いときに大きなポストに就かなかったことが幸いしているともいえ、人生何が福に転じるかわからないとあらためて思ったりします。
サンフランシスコ交響楽団には進行中の世界に誇れるプロジェクトが3つあって、1つはマーラーのレコーディングプロジェクト、2つ目はKEEPING SCORE、そして教育プログラムです。

特にマーラーとKEEPING SCOREは世界中の人がコンテンツを楽しむことができるわけですが、これらは最初から世界の人をターゲットにして考えていたのかと聞いたところ、最初はアメリカ国内どころかサンフランシスコのベイエリアしか主な対象として想定していなかったとのこと。

だから世界から反響があったことにとても驚いたそうです。

マーラーのCDで一番売れたのは、最初に出した6番だそうですが、前にも書きましたが、目標販売枚数10,000枚に対して、ふたを開けたら倍近く売れたそうです。

KEEPING SCOREのDVDは、最初に出したチャイコフスキーのmtt on musicが約9,000枚、昨年秋の3作品が合計約17,000枚売れ、現在追加プレスをかけているそうです。ドキュメンタリーはヨーロッパ各国や中国で既に放送されていますが、これもそんなことになるとは思っていなかったとのこと。

SFSメディア(サンフランシスコ交響楽団の自主レーベル)については、やはりメジャーレーベルの新譜の数が少ないという環境下にあること、自分たちが非営利団体であることからレコード会社とはスタンスが違うこと、すべての権利がシンフォニーに帰属することの意味が非常に大きいと語っていました。

今でこそいろんなオーケストラが自主レーベルを立ち上げていますが、それらのさきがけとなったサンフランシスコ交響楽団。SFSのリセールストアにおじゃましたときに、6番発売時に使った「NOW ON THE STORE」と書いてあるパネルが飾ってあったのですが、彼らが当時必死だったことが窺われる気合の入ったものでした。SFSのオフィスも入り口にマーラーのジャケットがきれいにディスプレイされていて、彼らにとってこのプロジェクトがいかに大きなものであるかということを感じました。
今回サンフランシスコ交響楽団の方にお会いして話を伺ってきましたので、しばらくそのご紹介をしていきたいと思います。お目にかかったのは、ゼネラルマネジャーのキーザー氏とPRのディレクターのテイル氏。

まずはマーラーのCDのお話から。私は彼らが来日しないこと、KEEPING SCOREのDVDに日本語字幕がないことなどから、彼らの想定マーケットに日本は入っていないに違いないと思っていたのですが、実はマーラーのCDの海外売上げは日本がダントツで、彼らは東京エムプラスに非常に感謝しているのだそうです。

マーラーのCDの販売枚数は、2007年第一四半期(3月)迄で8枚の累計がおよそ103,000枚。内訳はサンフランシスコベイエリアのローカル、アメリカ国内、海外と3分割されるそうなのですが、仮に30,000枚が海外でその3分の2が日本だとすると、日本国内で20,000枚ということになります。

ハイブリッドとはいえSACDで、価格も他のCDよりも高いあのCDが日本国内で20,000枚も売れたとしたらすごいことだと思います。

実は皆カミングアウトしていないだけで、家のCD棚には東京エムプラスのピンクの背表紙がズラッと並んでいるとか、あの徹底的に練り上げた繊細&派手な音楽が好きとか、MTTの生き方を実はカッコイイと思っている人が、

「何だ、お宅もでしたか?実は私も、、、、、」

状態だったということ?これにはびっくりしました。

メジャーレーベルに比べたら宣伝なんてゼロに近いにもかかわらず、時間とエネルギーをかけてていねいに作ったものに反応した人がこんなにいたということは、見逃せない事実だと思います。日本も捨てたものじゃない。自信を持っていきましょう!
ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団が毎年やっているフェスティバルについて、いくつか補足します。

過去に取り上げたテーマ
ストラヴィンスキー
マーラー
ベートーヴェン
ロシアの音楽
ワーグナーとワイマール共和国
ガーシュウィンとイディッシュシアター(MTTの祖父母の劇場のこと)
American Mavericks(アメリカの作曲家を取り上げたもの)

今年のプロコフィエフフェスティバルのプログラム
第1回「急進的なポピュリスト」
「三つのオレンジへの恋」組曲
ピアノ協奏曲第3番
「ロメオとジュリエット」から

第2回「起爆的なモダニズム」
アメリカ序曲
交響曲第3番
ピアノ協奏曲第2番

第3回「映画、狂乱、おとぎ話」
Lieutenant Kije組曲
ピアノ協奏曲第1番
ピアノ協奏曲第5番
「シンデレラ」から組曲

第4回「原始的、そして洗練」
ピアノソナタ第7番
ピアノ協奏曲第4番
Seven, They Are Seven
Scythian組曲

私はマイケル・ティルソン・トーマスという人は、存在自体がふるっていると思っていますが、今日(6/16)プロコフィエフ・フェスティバルの2プログラム目に出かけ、考えることもとことんふるっているということに、してやられました。

14日の初日に行ったときは、いつもの彼らの音楽という感じで、普通だと思いました。ところが、2プログラム目を聴き、あれは「これからフェスティバルをやります」という華やかなプログラムによる“つかみ”であって、ここからが本題だったのです。

プログラムは、1曲目がアメリカ序曲、2曲目が交響曲第3番、後半がフェルツマンのピアノでコンチェルトの2番。

この構成にはもうやられたとしか申し上げられないです。アメリカ序曲は初めて聴いたのですが、弦がチェロ1人とコンバス2人、管も数人で後はピアノが2台とチェレスタに打楽器が入るだけという編成。とても個性的な響きだけれど、金管の豊かな響きが活きていました。

対照的に交響曲はフル編成で、あ然とするくらい完成度が高かったです。メインのピアノコンチェルトは、フェルツマンのピアニズムをたっぷり堪能できました。私はこのピアニストを知らなかったのですが、ロシアンな詩情の表現が素晴らしかったです。コンチェルトはとにかくピアノ前面だったのですが、ピアノに対するオケの入りがいちいち決まっていました。

プロコフィエフのフェスティバルは、11日間で4プログラム7公演もあり、そんなにたくさんをティルソン・トーマスが一人で振ってやるのだから、密度は薄めなのかと思いきや、とんでもない。今回も徹底的ハイクオリティです。

そしてそんなに公演やってお客は入るのか?と思っていたら、ちゃんと入っていました。この日は土曜日ということもあり、開演1時間前のプレコンサート・リサイタル(フェルツマンのピアノ)もオーケストラフロアのほとんどが埋まっていました。サンフランシスコ交響楽団のプログラム冊子は、結構いろいろ書いたものが詰まっているのですが、休憩時間にそれを読んでいる人を結構見かけますし、帰りに駅で電車を待っているときも、ホームでそれを読んでいる人が何人もいてびっくり。

残りのフェスティバルも趣向を凝らしたプログラムで非常に聴きたいのですが、聴くためには後1週間滞在しなければならないので、さすがに日本に帰ります。
ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団は、毎年テーマを決めた約2週間のフェスティバルをやっていますが、今年はピアノコンチェルトの全曲をメインに据えてプロコフィエフを取り上げます。そのフェスティバルの初日(6/14)に行きました。

プロコフィエフ・フェスティバル

駅からホールまでの通りにはフラッグが続きます。

まず、会場入り口で民族衣装を着たアコーディオンとギター(?)の伴奏で歌手がロシア民謡を歌って出迎え、いきなり気分はロシアンに。こういうところがサンフランシスコシンフォニーなのです。

次はコンサートの1時間前にプレコンサート・リサイタルです。こちらはコンサートマスターのバランチックが、今回のフェスティバルで登場する4人のピアニストの1人であるフェルツマンとヴァイオリンソナタの1番を披露しました。

この日は、コンサート後にフェスティバルを支援するパーティがあったので、タキシードやドレスを着たお客さんがたくさんいました。

コンサート1曲目は「三つのオレンジへの恋」組曲。MTT&SFSのプロコフィエフは、彼らの生き生きとした音楽のよさが前面に出ていて楽しいです。いつも思いますが、オーケストラの弦楽セクションは当然ボーイングが揃っているものですが、SFSの場合、出てくる音のまとまり方が常識を超えているため、ボーイングによる視覚的な一致と音の一致による迫力は圧倒的です。

2曲目はブロンフマンのピアノでピアノコンチェルトの3番。ブロンフマンを生で聴くのは2回目でしたが、弾丸のようでした。この曲は1楽章だけでもえらい盛り上がるので、終わったときに拍手が起きました。すごい拍手だったので、ブロンフマンはすかさず立って拍手に応えたのですが、MTTはそれに対して「座りなさいって!」というような仕草で応酬し、オーケストラと会場は爆笑。

MTTはおちゃめなことを毎回何がしかやっています。マーラー7番のときは、5楽章に入る前に気合を入れる感じで、靴底がすべらないように指揮台の上で靴底を何度もなすりつけていたし、プラハ公演では後半のプログラムで舞台に登場したときに、ジャケットのボタンを全部はずして登場し、目が点になっているオーケストラメンバーに飛ばしていくよという感じで応えていました。

後半は、彼らの定評ある「ロメオとジュリエット」からで盛り上がって終わり。

この日は、日本から所用でサンフランシスコに来た知人が、私が語るサンフランシスコ交響楽団とは如何なるものかということで聴きに来てくれました。彼女もサンフランシスコ交響楽団のコンサートの楽しさを喜んでくれて良かったです。何でも、MTTの指揮姿が楽しめるという話は聞いていなかったそうで、繰り出されるアクションのうち、キュートなアクションの数々にウケていました。
今回サンフランシスコに来て、ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団に日本からの願いを伝えましたので、ご報告します。

来日について
これについては、マーラーのCDを聴いて、本当にこんな演奏をやっているのかと疑問をお持ちの日本全国の皆様を私が勝手に代表し、MTTに直接伝えました。

メッセージを伝えるにあたり、プラハ公演からの帰りの飛行機に乗り合わせたとき、彼が「PRAHA」といっぱい書いてある野球帽をかぶっていたので、プラハに対抗して「日本」と漢字で書いてある真っ赤な野球帽をお持ちしました。

MTTはサービス精神が旺盛なので、目の前でかぶってくれました。これを調達するために、わざわざ浅草寺の仲見世まで出かけ、修学旅行生にまみれながら探した甲斐があったというものです。

余談ですが、こちらに来て、どんなファッションにも野球帽をコーディネートしてしまうのが普通だと知りました。特にロサンゼルスで野球帽をかぶっている人をよく見かけました。MTTはあたりまえのファッションだったのです。

マーラーのKEEPING SCORE
こちらは、KEEPING SCOREプロジェクトのディレクターの方にお目にかかったときに、うちの夫がマーラー編を待っている旨伝えました。私はうっかりしていたのですが、さすがマーラーの録音を片っ端から聴いて人生を送ってきた人は、肝心なことを忘れません。

マーラーに関しては、作品の内側に迫る内容のものを何らかの形で映像化することを現在ティルソン・トーマスが構想中とのこと。ただマーラーは難しいそうです(要素が多くて単純化しづらい、量が多すぎるなど、1時間に収めようとするとただの作品紹介になってしまうということなのかなと思います)。

やるとしても、2009年にやる次の3作品の後になるそうですが、楽しみです。

今回サンフランシスコで音楽と同じくらい楽しみにしていたのは、おいしいものがたくさんあると評判のサンフランシスコの食を体験すること。そしてカリフォルニアといえばカリフォルニアキュイジーヌ、創作料理の世界です。

この創作料理、私はかねてより「創作料理ハズレ説」を唱えていました。どういうことかというと、食材の組み合わせや味付けで定番といわれるものには、永い年月を経て残ってきただけの合理的理由があって、あえてそれをはずして料理を創ることには高度な能力が要求される。創作料理を手がける料理人は、ほとんどがこのことに気づいていないか甘く見ているかのどっちかなため、創作料理をうたっている店はハズレだと思ってまず間違いないというもの。

このことは音楽でも同様です。例えばティルソン・トーマスはレパートリーでも表現でもアメリカンなことをたくさんやっていますが、どうして彼のアメリカンさを面白いと思えるかといえば、それは徹底したスコアリーディングに基づく練り上げや彼にしか出せないリズム感というベース部分での傑出したものがあるからです。もしここが十人並みだったら、アメリカンも何もないと私は思っています。

話を料理に戻して、そのハズレ説提唱者の私ですが、サンフランシスコではこのことが気になりません。なぜか?海外だから気が大きくなっているのか?それもあると思います。

しかしそれ以上に、日本で出てくる創作料理は、もとの料理が何か想像できて、そこから出発しているものが多いのに対し、サンフランシスコで出てくるものは、もとが何かわからないものが多く、創作部分の比重が高いからのような気がします。

マイケル・ミーナという有名シェフの店で、デザートのフラペチーノに東南アジアで売っている黒松コーラが入っていました。夫はこのコーラが大好きなそうで、こんなところで出会うとは思わなかったと大ウケでした。このデザートはお店の定番だそうで、確かに何度もそれがサーヴされているのを見ました。

サンフランシスコのレストランのレベルは高くて、こちらに来てから食べたものは、どれもおいしかったです。
ティルソン・トーマスに関する書籍はほとんどありませんが、ロンドン響時代に評論家との対談集が一冊出ています。私はずっとこの本を探していたのですが、サンフランシスコの図書館にありました。

幼少時代の話と影響を受けた音楽家の話が中心になっています。この本や彼がKEEPING SCOREの中で語っていることを総合すると、彼の音楽のルーツは、

祖父母とその仲間たちから受けたロシアもの
ユダヤの音楽
家に集まっていたアーティスト(ガーシュウインなど)からもたらされたもの
子ども時代~南カリフォルニア大学で受けた音楽教育
ロサンゼルスにいた偉大なアーティスト(ストラヴィンスキー、ハイフェッツ、ルービンシュタインなど)
大きな影響を受けたアメリカの作曲家(アイヴス、コープランドなど)
同時代の作曲家(ライヒなど多数)
パフォーマンスのセンスを学んだジェームズ・ブラウン
忘れてはならないバーンスタイン

以上の9つにあると言えると思います。そしてティルソン・トーマスの音楽は、基本的にハッピーで肯定的ですが、これは幼少時代の幸福感が根底にあるのかなと私は感じました。お父さんが飲んだ帰りに買ってきてくれた犬のぬいぐるみに名前をつけてかわいがっていたそうなのですが、さわってぼろくなったそのぬいぐるみをピアノの鍵盤にのっけている写真が載っていました。何かとても温かい感じがしました。

彼が何年も前にバリ島に行ったとき、当時ガムランのミュージシャンはバッハもモーツァルトも知らず、クラシック音楽の指揮者とはどういうものか知らなかったそうです。そこで、どんなものかを知ってもらうために、彼らの前にいつも舞台で着る格好で出ていき、マーラーの5番を指揮しながら一人で再現したそうです。しかもガムランのミュージシャンだから打楽器のリズムには敏感だろうと思って、打楽器の音をできるだけ入れたとか。MTTは擬音の能力が発達しているから、さぞかしふるったマラ5だったことでしょう。

ニュー・ワールド交響楽団については、音楽学校を卒業したとたんに次に何をしたらいいのかわからない。自分に何が向いていてどうすべきなのかわからない状況で勉強を続けていくことは非常にストレスがかかり、それでせっかくの才能をつぶしてしまうことがままある状況を変えたかったと話していました。だからオーケストラをはじめとしてソロ、室内楽、アウトリーチなど様々な機会を提供して、若者が進路を考えられるようにしているとのこと。

ティルソン・トーマスが音楽づくりで一番重要だと思うことは、オーケストラとも聴衆ともコミュニケーションだそうですが、彼はニュー・ワールド交響楽団の若者たちに教える中でそう考えるようになったそうです。

この本は1994年の出版で、これからサンフランシスコが始まるというところで話が終わっているのですが、次のような一節がありました。

これから技術が進めば、メジャーレーベルの都合ではなく、アーティスト自身が自らプロデュースして、本当に創りたいものを創って売り、そしてそれをいいと思ってくれた世界中の人とアーティストがつながっていけるような時代がくるかもしれない。
マーラーの交響曲第7番のコンサートのお話の続きです。

プレトーク
開演1時間前にいつものようにプレトークがありました。やはりオーケストラフロアの8割は埋まっていました。内容は、マーラーが用いた音楽素材についてが中心。民俗的なものをはじめ、シューベルトなど他の作曲家やマーラー自身の過去の作品で用いられた素材がこの作品でどう料理されたか。マイスタージンガーのところは、マーラーのCDをかけて、それにピアノでマイスタージンガーのフレーズを重ねて聴かせていました。調性が長調と短調間を行き来するところなどもピアノで弾いて見せて面白かったです。30分間きっかりに、非常によく準備されたものが詰まっていました。

グラミー賞
今回この曲の録音がグラミー賞の2部門を受賞したということで、そのことに関する掲示がされていました。マーラーのレコーディングプロジェクトが大好評継続中であること、ライブレコーディングであり、お客さんの存在が大きな励みになっていて、賞はお客さんと一緒に受賞したものだということが書かれていました。賞のトロフィと録音に使った指揮棒(コンセルトヘボウの職人さんによるもので、特別にティルソン・トーマスのためにつくったものだそうです)が飾ってありました。7番のCDがショップに大量に並べられており、コンサート後にはMTTのサイン会もやっていました。

MTTの生ピアノ
6/9のコンサートでは、マーラーの前にコンサートマスターのバランチック氏とティルソン・トーマスによるモーツァルトのヴァイオリンソナタK.304の演奏がありました。当初、サロメのラストシーンの予定だったのですが、歌手の体調不良により変更。初めて生でMTTのピアノを聴きましたが、とても常識的なピアノでした。

6/10の追加公演
今回のマーラーのコンサートは、要望により追加公演がありました。10日前くらいにインターネットで見たら、まだ席が結構売れ残っていたのでどうなるのだろうと思っていたら、客席はちゃんと埋まっていました。さすが、集客力が違います。

この日は、2006-2007シーズン最終日ということもあり(これからはスペシャルイベントになります)、MTTもオーケストラもはじけていました。MTTはマーラー(3楽章)でもノリが8ビートで、アクションも全開。ヨーロッパツアーから彼らの音楽を続けて聴いていますが、音楽が一瞬で消えてしまうことをこれほどもったいないと感じることは、かつてない体験です。
どうしてもライブを聴きたかった7番。夫もマーラーを聴きにサンフランシスコにやって来て合流し、出かけました(6/9)。

今回ライブを聴くにあたり、できるだけCDの印象にひきずられないように、しばらく聴くのをやめていましたが、もはや耳に残っていて効果なし。第一印象は、CDと随分違うというものでした。

1楽章を聴いたときは、普通かもと思いましたが、2・3・4楽章がまさに「!」。ロンドン響との録音でもサンフランシスコとの2005年の録音でも、これ以上はないというくらい突き詰めていたと思ったのに、まだこんなにいろいろやることができたなんて、信じられないとしか言えません。

1楽章と5楽章は、ストレートにぱーんとした構成で、素直な感じがしました。反対に2・3・4楽章は、モチーフや声部、和声などを最初から徹底的に洗いなおして構成したというようなつくりでした。クラヲタ歴40年の夫によると、夜の歌の世界を描ききった演奏だそうです。

ヨーロッパツアーでも思いましたが、最近のティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団は、アンサンブルを徹底的に聴かせるという点は変わらないものの、以前よりもメンバーに大胆に任せてしまう部分が増えているように思います。ティルソン・トーマスのオーケストラに対する信頼は絶大で、彼はポイントしか押さえていないのに、行間が見事に埋められて一致団結した音楽が出てきます。

音楽家の歩みというのは、技術の進歩のように必ず過去よりも現在が優れているというものではなく、その時々でその時にしかない演奏で、過去との比較で語られるものではないと思います。そもそも何をもって進歩とか前進というのかということさえもわからない。そういう点で今回の7番は、今までとは違うアプローチ満載で、非常に楽しめるものでした。LSO盤もSFS盤も飽きるほど聴いたという方にもきっとご満足いただけると思います。

デイビスホールのお客さんは、あなたも私も大絶賛な人たちばかりで可笑しいです。オーケストラコンサートで舞台から遠くない席なのにオペラグラスを使っている人が何人もいるところなんて、他に知りません(応援しているメンバーをチェックしているらしい)。曲が終わったとたんに総立ちですが、これはもうお決まりという感じです。

マーラーの交響曲第7番は、ルツェルン、ベルリン、エディンバラの各音楽祭をはじめとする、秋のヨーロッパツアーでも取り上げます。ユーロ高にもめげずに聴く価値ありです。
サンフランシスコの図書館で見つけた、サンフランシスコ交響楽団についての記事の概要をいくつかご紹介します。
*大量の記事を読んだ後に、まとめてこの記事を書いたことをご了承ください。

まず、ティルソン・トーマスが音楽監督に就任したときのサンフランシスコ交響楽団は、財政的に逼迫していて、楽団員の士気も低下、「これでは生活できない!」(サンフランシスコは全米中でも物価が高いことで知られている)ということでストライキが2ヵ月も続いたりしていたそう。今となっては隔世の感があります。

それからマーラーのCDを自主レーベルで出すときは、やはりリスクが大きいことから大きな決断だったとのこと。最初は10,000枚も売れればいいくらいに考えていて、60%はシンフォニーホールのショップとインターネットで直販し、残りの40%は国内と海外で半々と考えていたとのこと。ふたを開けたらものすごく反響があって、うれしい誤算だったということです。初めのころは、コンサートの後にMTTのサイン会をやったりしたそうなのですが、ものすごい行列になって何時間もかかったそうです。

サンフランシスコ交響楽団は経営的に革新的なことをやっていますが、誰かブレーンがいるのかと思っていたら、コンサルタントの方がインタビューに応じている記事がありました。今もそうなのかはわかりませんが、コンサルタントを使っていた時期があったようです。

ティルソン・トーマスが音楽監督になった最初の5年くらいは、ガーシュウィンや他のアメリカの現代ものなど、伝統的なクラシック音楽以外のレパートリーを多く取り上げ、それが若い観客の支持を得るのに成功したそうです。最近はベートーヴェンやブラームスなどもよく取り上げていますが、その古典的なものから前衛的なものまでをミックスしたプログラミングがやはり評価されていました。MTTもプログラムはよくよく考えて選ぶと答えていました。

今年も6月にプロコフィエフのフェスティバルがありますが、テーマを決めて2~3週間くらいで集中的に取り組むフェスティバルは毎年やっているようです。今までに取り上げたものは、ガーシュウィン、アメリカの作品、ベートーヴェン、マーラーなど。マーラーは9つの交響曲を全部とその他の歌曲などを取り上げ、大成功だったそうです。聴きたかった。

ティルソン・トーマスは、自分がひいきにする野球チームの選手のプレーや監督の采配について、皆が関心をもって、あれこれ話題にするようにオーケストラもなれればと考えているそうです。それでファミリーコンサートやKEEPING SCOREの構成が、オーケストラメンバーにスポットライトをあてたものになっているのでしょう。オーケストラの中にアンチMTTはいないくらいメンバーからの支持があると取材している記事がありました。

ティルソン・トーマスはサンフランシスコ交響楽団との今が20歳以降でもっとも幸せだと感じるそうですが、MTTがいなくなったらサンフランシスコ交響楽団はどうなるのか?それでも人々を吸引することができるかで、クラシック音楽の力が試されると結んでいる記事がありました。
ティルソン・トーマスのかもす雰囲気から、わが家ではしばしばMTTサイボーグ説が流れ、「普通の人みたいに食事するのか?」という疑問がささやかれたりしていたのですが、なんと彼は料理好きだったのです。

サンフランシスコにやって来た私は、サンフランシスコ交響楽団についての記事を探すべく図書館に向かいました。すると、出てきました。「Bon Appetit」というグルメ雑誌で真っ赤なエプロンをかけてにっこり笑っているMTTが。

彼の両親が料理好きだったこともあって、ティルソン・トーマスは小さいころからキッチンで料理をすることが多かったそうです。子どものころの思い出に残っている料理は、たくさんのきのこが玉ねぎなどと入っているトマトソースのスパゲッティ(日本でいうところのナポリタン?)だそうです。

得意料理はリゾットとオリジナルのストックでつくるスープとのこと。レシピは使わず感覚でつくるので同じものを二度はつくれないそう。いつもマーケットで食材を見ておいしそうだと思ったものを買い、後でそれで何をつくるか考えるそうです。

仕事で行き詰ったときも、キッチンに入ると気分転換できると話していましたが、これは料理を趣味にする人に共通する意見だと思います(私もそうです)。

それにしてもアメリカの図書館に初めて入りましたが、使いやすくてびっくりしました。新聞でも雑誌でもデータベースが整備されていて、パソコンで記事を簡単に探して読むことができます。ライブラリアンも各フロアに何人もいて、何でもすぐに教えてくれます。雑誌のバックナンバーの所蔵の仕方もきれいでわかりやすい。観光しないで毎日図書館に行こうかと思うくらいパラダイスです。
LAフィルのコンサート2回目(6/3)は、「The Shadow of Stalin」の一連のフェスティバルと2006-2007シーズンの最後を飾る、プロコフィエフの「アレクサンダー・ネフスキー」を映画に合わせて演奏するというコンサートです。こういう企画は初めてだったので、とても楽しみにしていました。

開演1時間前から45分のプレトークがありました。ホール内の吹き抜けのアトリウムに椅子が並べられ、そこでロシア音楽が専門の音楽学者の人が話しました。サンフランシスコ交響楽団のプレトークも音楽学者の方が中心となっていますが、アメリカのオーケストラは、たいていプレトークは音楽学者が登場します。彼らが研究の成果をふまえて、多くの人の前で話をするということは、とても意義があると思います。日本でもそういう機会が増えるとよいのにと、多くの音楽学者の先生方と諸先輩に囲まれて大学生活を送った私は心から思いました。

話の内容は、当時の社会的な背景(創作活動の内容がコントロールされていたことなど)と映画についてが中心でした。当時プロパガンダ用に作られたアニメーションの上映もあって面白かったです。

プレトークの後は、いよいよ映画の上映です。舞台上には大きなスクリーンと4つのスピーカーが配され、指揮台の前には、映画が映るモニターと大きな時計がセットされています。今日はお客さんも満員です。

コンサートは、プロコフィエフの音楽だけを抜いた映画を上映し、それにサロネン&LAフィルが生演奏をつけるというもの。ストーリーは、極悪非道(という設定)のドイツ軍を、若くてイケメンなアレクサンダー・ネフスキー率いるロシア軍がやっつけるといういかにもなものなのですが、プレトークで「この映画を見たことある方?」と聞いたら、相当数手が挙がっていました。ハリウッドがある街は違います。

セリフはあまり多くないのですが、セリフの後に音楽が始まる度に私はハッとしていました。音がきれいで。どんなに鳴らしても音がきれいです。今日の曲は前回のコンサートと違って叙情的な部分も多かったのですが、非常に聴かせていました。合唱のPacific Choraleもうまかったです。アメリカのお客さんは、映画の細かいところまで声に出して反応し、ストレート。

映画に合わせて演奏するのは、難しかったのではないでしょうか。戦いの準備が進んでいく場面で、音楽も加速していくのですが、馬が駆ける蹄の音と音楽が、加速するさままでぴったりでした。さすが。

文句なしの大ブラボーで、こんなに面白い企画を体験できてラッキーでした。

サンフランシスコ交響楽団の話でも私はこのブログに何度も書いていますが、クラシック音楽ファンを増やすためには、音楽的な魅力とプログラミングなどの企画力以外にはないとあらためて思ったコンサートでした。
ウォルトディズニーコンサートホールは、併設レストランの「PATINA」も自慢で、LAフィルのウェブサイトでもダイニングのコーナーは大きく紹介されています。私はずっとこのレストランが気になっていたので、6/3のコンサートの前にランチに行きました。コンサートホールのダイニングのご参考に、ここでどんなレストランでどういうお料理だったのかをご紹介します。

お店のインテリアは、シンプルな木の茶色と白がベースになっています。

一皿目


一皿目、私はアスパラガスのデュオというのをオーダーしました。どうかなと思ったのですが、ホワイトアスパラガスはフレッシュではありませんでした。味付けはピーナッツオイルとビネガーでシンプル。上に泡立てたクリーム系のものがのっていたのですが、生クリームよりも軽い味です。一皿目は他のメニューも野菜料理が並んでいました。


二皿目


二皿目はまぐろのプレートにしました。写真ではわかりづらいのですが、ハワイのアヒと同じ感じでまわりを軽くあぶってあります。味はあら塩とブラックオリーブを細かく砕いたものがベースになっていて、それにプチトマトとちょっとサルサっぽいスパイシーなトマトソース、半熟卵を合わせて食べるというもの。日本だったら絶対温泉卵だろうと思いましたが、アメリカに温泉卵はないのでしょうか?


デザート


デザートは、レモンのタルト、トマトのソルベ、ミックスベリー、飾りにメレンゲを板状に焼いたものがのっていました。

全体的にライトで野菜が多い。いまどきのアメリカのレストランは、大味なものがドカンと出てきたりしないのですね。一皿の分量も日本で食べるのと変わらないです。周りの肉料理を食べていたお客さんのプレートもヘビーな感じはありませんでした。デザートにいろいろなものが少しずつのっているところなど、日本の影響に違いありません。

カリフォルニアっぽいフュージョン料理で、感動するほどではありませんが、味の組み合わせに無理がなくて楽しめます。コンサートホールとセットでおすすめです。
サンフランシスコ交響楽団以外のオーケストラはどうなのか?それを知らずしてサンフランシスコばかりを語るというのはいかがなものか?ということで、やって来ましたロサンゼルス。今回は、サンフランシスコでMTTのマーラーの7番を聴くことと、サンフランシスコ交響楽団のマネジメント部門の方にお会いして話を伺うことが主な目的ですが、その前にロサンゼルスに寄りました。街が大きいです。

ウォルトディズニーコンサートホール


ウォルトディズニーコンサートホールの姿は、写真で見ていたとおり個性的でインパクトがあります。

注目はLAフィルストア。今まで見たどこよりも商品もディスプレイもおしゃれでハイセンス。とても楽しい空間です。

LAフィルストア


ホールの中は、これまた個性的なパイプオルガン。客席が舞台を取り囲んでいるのですが、その造りも斬新な感じがします。

今日(6/1)のプログラムは、「The Shadow of Stalin」という5月からクロスオーバーかつ多面的に展開しているフェスティバルの中の一つです。「鉄のカーテンの向こう側」というタイトルで、ソ連の体制の影響をもろに被った国の作曲家リゲティ、フサ、ルトスラフスキーの作品を取り上げるというもの。

最初に今回のフェスティバルの趣旨が理解できるショートフィルムの上映があって、その後演奏が続きます。

サロネンはマイクを持って登場。一曲目のリゲティは、終わったと思ったら続きがある曲だというお断りをしていました。こういうの、ウィーンでハンプソンも拍手しないでって即刻言ってましたけれど、はっきり言った方がいいと思います。その方が安心して集中できるし。

LAフィル、うまいです。サンフランシスコは、いわば100人のMTTがいるかのような演奏が特徴ですが、こちらはもっと自由闊達な感じがします。木管の音もとてもきれい。

ホールの音響は、噂どおりの素晴らしさです。打楽器の音が一つ一つクリアに聴こえるなんて初めて。抽象的に音がいいのではなく、このオーケストラのサウンドに最適化されて音がいい感じがしました。

二曲目のフサでは、作曲家のフサ氏ご本人も登場。最初にサロネンと作曲の経緯などについてのトークがありました。作曲家は曲を書くところまでで、それを実際の音にするのは演奏家の創造によると語ったフサ氏。LAフィルの演奏は本当に素晴らしく、曲が終わったとたんにスタンディングオベーションでした。こういうのを作曲家冥利に尽きるというのだろうと思います。

三曲目のルトスラフスキーも家で他の演奏によるCDを聴いたときは、何だかという感じだったのですが、全然つまらなくない。とても刺激に満ちていましたし、最後もありえないくらい決まってフィニッシュ。

サロネンはいちいち颯爽としていました。今日の三曲はどれも曲の傾向が似ていたので、活力があるのと明晰なことの他に彼が何を持っているのかは、もっといろいろ聴いてみないとわからないと思いましたが(私はライブを聴いたのは今回が初めてだったのです)。

LAフィルはお客さんのマナーもいいし、私のまわりに座っていた方たちも(たまたまだったのかも知れませんが)音楽に対するレベルが高いように感じました。

マネジメントの面で思ったのは、今回通常の定期公演とは別のフェスティバルだったこともあるのかも知れませんが、お客さんの入りが8割くらいだったこと。プログラムなどでのスポンサーや支援者の表示や集客などの点で、サンフランシスコに比べると詰めが甘い感じがしました。やはり経営的な部分でサンフランシスコ交響楽団は特筆すべきものがあると思います。

とは言っても、LAフィルは非常にハイレベルです!

[プログラム]
リゲティ
Concert Romanesc
フサ
Music for Prague 1968
ルトスラフスキー
Concert for Orchestra
テーマ:五世代を越えて

今回は、ティルソン・トーマスが南カリフォルニア大学で師事したピアニストのジョン・クラウンが、ローゼンタール→リスト→ツェルニー→ベートーヴェンという系譜にあることから、教師がどのように音楽的な思想を弟子に伝えていくかという話です。

私はティルソン・トーマスのピアノは、音がきれいだとは思いませんが、演奏するときに頭と上半身の軸がぶれないところを見ると、きちんとしたピアノの教育を受けたのだということを感じます。

番組では、ティルソン・トーマスがジョン・クラウンから学んだことの話から始まり、そこからその師に順番にさかのぼりながら、その音楽や演奏とともに、弟子が師匠について述べている資料なども合わせて、どのような音楽的思想が伝わっていったかを探っています。

ティルソン・トーマスの話によると、音楽家は多くの観客とコミュニケーションをとる仕事だけれども、そのための時間というのは、一人で作品と向き合う孤独な作業の連続である。そういうときによりどころとなるのは、師から学んだことと受け継がれてきたその背景にあるものだと思うそうです。だから自分が人に教えるときも、その人が同じように一人で作品と向き合ったときに、よりどころとなれるようなものをなるべく伝えるようにしているとのこと。

未来に向けてどう音楽がつながっていくかは、自分たちが受け継いできたものをどう伝えるかにかかっているという言葉で番組は締めくくられています。
プロフィール
 

潮 博恵

Author:潮 博恵
MTT&SFSの音楽センスと革新的な活動に感銘を受け、ブログを開設。

【続・徹底研究】ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団で、よりわかりやすく彼らの活動と最新情報をご覧いただけます
続・徹底研究MTT&SFS


著作権分野の英文契約書作成等の行政書士をやっています。
うしお行政書士事務所

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