MTTを研究する |
2007/04/21(土) 12:00
3月のロンドンのコンサート評で、ティルソン・トーマス(MTT)&ロンドン響の「復活」について、
「眼鏡をかけ、髪がグレーになっても、本質的にカリフォルニア人であるMTTの音楽は、ハイパワーで、汚れがなく、華々しい」
というのがあり、笑ってしまいました。文脈的にはほめているのですが、欠点に対する指摘と表裏一体的な表現の微妙さと、言い当てているところに。これは要するに、
「MTTはどこまでもMTT」
ということでしょう。私もそう思いますし、それでいいのだと思っています。
ここで指摘していたのは、テンポの遅い楽章が本当に遅い、あくのなさ、きれい過ぎる点、舞台上の彼が役者のようだという点。彼の見た目に、何かそぎ落とされたすっきり感が漂っていることも指摘してありました。
皆思うところは見事に同じ。そしてこれから先、多分何をやっても、指摘されることは変わらないのでしょう。なぜなら、
「MTTはどこまでもMTT」だから。
こちらの記事を参考にしました
「眼鏡をかけ、髪がグレーになっても、本質的にカリフォルニア人であるMTTの音楽は、ハイパワーで、汚れがなく、華々しい」
というのがあり、笑ってしまいました。文脈的にはほめているのですが、欠点に対する指摘と表裏一体的な表現の微妙さと、言い当てているところに。これは要するに、
「MTTはどこまでもMTT」
ということでしょう。私もそう思いますし、それでいいのだと思っています。
ここで指摘していたのは、テンポの遅い楽章が本当に遅い、あくのなさ、きれい過ぎる点、舞台上の彼が役者のようだという点。彼の見た目に、何かそぎ落とされたすっきり感が漂っていることも指摘してありました。
皆思うところは見事に同じ。そしてこれから先、多分何をやっても、指摘されることは変わらないのでしょう。なぜなら、
「MTTはどこまでもMTT」だから。
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