音楽づくりを研究する |
2007/01/10(水) 12:00
ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団の音楽は、コントロールが効いている感じがします。CDの評などでも、ティルソン・トーマス(MTT)には、オーケストラを完璧にコントロールするテクニックがあるというように書かれているのを見たりします。この「コントロール」とは何かと考えると、
音楽が一つに統一されていて、オーケストラを自在に操っているように聴こえる
ということだと思います。どんなテクニックなのでしょう?
私はこれを探るべく、ビデオの映像を観察しました。
でもティルソン・トーマスの棒は、シンプル・正確・基本に忠実にしか見えない。流麗さという点では、ひざのクッションと振り下ろした時の腕の脱力が関係あるのかなと思いましたが、他に特別なことはなさそう。
そして、結論。「コントロール」の正体は、コミュニケーションの量が非常に多いということに尽きると。
舞台上で身体や目を使って出している情報ももちろん多いですが、ライブラリアンの活躍から始まり、メンバーとの打ち合わせ、どういう音楽にしたいか言葉でも語ること、相手の反応にリアクションすること、指揮者だけではなく、メンバー同士もお互いをよく見て演奏することなど、彼らの中を流れるコミュニケーションの量が多いということ。
また雰囲気も、ティルソン・トーマスは言っていることの中味は無理難題っぽいのに、相手に提案する口調で押し付けないし、「大変かもしれないけれど、やってみて」という感じなのです。
そして彼やメンバーの話から総合すると、これらを積み重ねながら、自分たちのサウンドを時間をかけて作り上げてきたということのようです。
誰にでもできそうで、できなさそう。特別な指揮法があるよりも、もしかしたら実行するのは難しいかもしれません。
音楽が一つに統一されていて、オーケストラを自在に操っているように聴こえる
ということだと思います。どんなテクニックなのでしょう?
私はこれを探るべく、ビデオの映像を観察しました。
でもティルソン・トーマスの棒は、シンプル・正確・基本に忠実にしか見えない。流麗さという点では、ひざのクッションと振り下ろした時の腕の脱力が関係あるのかなと思いましたが、他に特別なことはなさそう。
そして、結論。「コントロール」の正体は、コミュニケーションの量が非常に多いということに尽きると。
舞台上で身体や目を使って出している情報ももちろん多いですが、ライブラリアンの活躍から始まり、メンバーとの打ち合わせ、どういう音楽にしたいか言葉でも語ること、相手の反応にリアクションすること、指揮者だけではなく、メンバー同士もお互いをよく見て演奏することなど、彼らの中を流れるコミュニケーションの量が多いということ。
また雰囲気も、ティルソン・トーマスは言っていることの中味は無理難題っぽいのに、相手に提案する口調で押し付けないし、「大変かもしれないけれど、やってみて」という感じなのです。
そして彼やメンバーの話から総合すると、これらを積み重ねながら、自分たちのサウンドを時間をかけて作り上げてきたということのようです。
誰にでもできそうで、できなさそう。特別な指揮法があるよりも、もしかしたら実行するのは難しいかもしれません。
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